Friday 2 June 2006
靖国神社と分祀と遊就館
分祀なんてあり得ないよ。ずーっと昔にfj.soc.politicsでも、さんざん議論が出て、結論が出ているあたりが、さらに蒸し返されるあたりが、政治っていうものなのか? そもそも、分祀じゃぁ、分けられた方が残ってしまうじゃないか... 神様に、迷惑だからどいてくださいとでも言うつもりか?
通るはずのない分祀論が出て来るのは、靖国神社の本質から目を逸すためだと思う。靖国神社というものがどういうものかを理解するには、靖国神社境内にある遊就館にいけば良い。お金がかっているので見る価値はある。入場料もかかるけどね。
例えば、こんな感じ?
http://www.tekipaki.jp/~label/mc4126/tokusetu2/yuusyuukan.htm
あるいは、赤旗の
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-06-15/26_01_0.html
か?
ま、どっちでも良い。ようは自分で見てみて自分で判断することだ。
靖国神社が戦争に利用されたのは歴史的事実。それが存在価値なんだから、靖国神社がそっちの方向に行ってしまうのは仕方がない。戦争のために死ぬことを肯定するためにある神社なんだから、その戦争目的自体も肯定するしかない。そういう神社なんだよ。もちろん、それを信じるのがあの神社の役割だしね。A級戦犯を合祀したのも必然だと思う。
しかも、日本はそれを自分が占領して行った国、特に、朝鮮にもそれを広めて行った。だから、朝鮮人、中国人は、靖国神社のことを良く知っている。靖国神社にお参りするってことは、遊就館の主張を肯定するってこと。そういう政治的パフォーマンスを政治家に許すかどうかってことだと思う。
幸いなことに、日本には神様がたくさんいるので、靖国神社の神様にわざわざ御参りする必要はありません。昭和天皇はA級戦犯合祀以降は、靖国神社にはお参りしてません。それはそうだろう。彼らが何をしたのか、目の前で見ていたわけだから。
僕は遊就館のような戦争肯定は絶対に受け入れられないし、万が一、国のために死んだって、あんなところに奉られるのはごめんです。出来の悪い上司のために死んだ兵卒が、その上司と一緒に墓に入りたいと思うか?
千鳥ヶ淵戦没者墓苑ってのは既にあるわけだし、あとは、そこに「名前」を書けば良いだけ。そっちにお参りすればよろしい。
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