Friday, 3 October 2008

死に際

僕の世代はおじさん、おばさんが多いから、いろいろ見て来ました。無理にその場にいようとは思ってません。そういう奴なので、あまり呼ばれもしないかも。癌の家系なので病院が多いです。


でも自宅で布団のそばにお医者さんがいて、廻りに一族郎党がずらーっとならんで、「御臨終です」というのもあった。早朝で大学に行く前だったな。そのまま大学にいった記憶があります。その3ヵ月前には良くうちに遊びに来ていて「真治の行った大学はなんて言うんだい」みたいな会話を繰り返ししていたはず。東工大は一般の人には知名度低いからな。

父の時には、雨の夜中にいきなり電話というパターンだった。癌の再発で五月の連休までもつかみたいな話だったので覚悟はしていたんですが、一カ月早かった。本人は「癌で死ぬのだけは嫌だ」とか言ってたので、一カ月も無駄な闘病生活するのは嫌だったんでしょう。本人が諦めちゃうと早いのか。妹は当時アメリカだったから間に合わなかった。電話で知らせるというパターンでした。病院だと家族が来るまで持たせるというのは可能らしいです。

ダメだとわかっている肉親の付添はつらいです。再発だって本人もわかってるしな。毎日顔出すなんて出来なかった。へたれです。最後の入院は一カ月なかったので、悩む時間なんてなかったけど。亡くなった後の一週間は怒涛で考える暇もないし。

死に際って、本人の意識はほとんどないので、そこで何をしようとあまり関係ないと思う。そばにいると引っ張られる気がするみたいな人もいるみたいです。叔母さん二人が同じ日になくなった時には、そういう話が出ていた。

いろいろしてくれるなら、生きている間がいいなぁ。父親の時には、税理士さんが「遺言作っておけば良かったですね」とか言っていて、なるほどと思いました。本人も何かするというのがあった方が良かったでしょう。(しかし、母に遺言作っておけばと今言ったら、怒るだろうな...)

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